若人の考えていること。

思いのままに書いています。

総合力という不定形な力

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今回は、"総合力が高い"に少しモヤっとしたので今後の自分と照らし合わせながら書いてみました。

 

①学びのモチベーション

 

学びのモチベーションは3つあると思っていて

 

❶【遠未来型】

1つは将来どこかで使うから勉強しておきなさいと言うモチベーション。

 

これは小中学生などの大半がそうで、

ご存知の通り1番モチベーションが低い。

 

❷【近未来型】

2つ目は〜なりたいから勉強するというモチベーション。

 

経営者になりたいから経営の勉強をする。

料理人になりたいから料理の勉強をする。

トレーナーになりたいから筋肉の勉強をする。

 

これは❶よりはモチベーションが高い。

 

❸【現在進行型】

3つ目は"今"必要だから勉強する。だ。

 

要するに、自分の身長よりも深いプールに放り投げられて、泳がないと死ぬ。というやつだ。

 

犬は誰から泳ぎを教わった訳でもないのに、

泳げるようになる。

 

もはやこれをモチベーションと呼んでいいのかわからないが、エネルギーとしては1番大きい。

 

即効性のある勉強は強いのだ。

 

だから学生に対して発表授業やレポート提出を求めるのは意外と効率的かもしれない。

 

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②何を、どう学ぶか。

 

んでだ。

 

次は、何を、どう学ぶか。である。

 

例えば、さっきの話でいうと

「料理人になりたいから料理の勉強をする」は

浅い。浅すぎる。

 

もうプールだと思って飛び込んだら水たまりで怪我しちゃうレベルで浅い。

(無視してください。)

 

料理人と一言で言っても様々な料理がある。

和食なのか、フレンチなのか、イタリアンなのか、はたまたタピオカなのか。

 

さらに、それによって調理師免許を持っていたほうが物事を優位に運べる場合と、そうとも言えない場合がある。

 

もしかしたら免許なんか必要なくて、イタリアで修行したり、寿司屋で修行したりした方が良い場合だってある。

 

もっと言うと寿司屋で修行する必要すらなく、YouTubeで寿司の作り方を勉強したり、店を開いちゃった方が良い場合だってある。

 

要するに、一言で料理人になりたいといってもそれぞれの専門分野によって必要なモノは違っていて、その手段も様々である。

 

んで、これを言いたかったのだが、

"イタリアンのシェフを志す者にとって、

寿司屋で修行することは、ベストなのか?"

ということである。

 

「無駄なことなんてない。」「寿司屋で働いた経験がイタリアンの場で活きた。」なんてのはよく聞きそうな話だが、

 

これは後付けであって、

イタリアンのシェフに本気でなりたいと志している人にとって、1番の環境はイタリアンレストランの現場である。当たり前だ。

 

それを寿司屋で修行したり、和食の勉強をするのは、「無駄じゃないよ。」「今後に活きるよ。」はどうも見当違いではないだろうか。

 

これが、どの分野かは決まっていないけれど、料理を仕事にしたいと言う人にとっては良い経験になるが。

 

志ある者ならば、とことんその専門性を高めるべきだと思う。

 

❶「志なき者の学びの専門性はリスクだが、

志ある者の学びの専門性はマストである」

 

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③専門性を磨くことによって総合力は低下するのか。

 

しかし、スポーツ指導者に必要なのは

どうやら"総合力"らしい。

 

これは、ドームアスリートハウスのウェブサイトから引っ張ってきた文だが、そこにはこう書かれている。

 

チーム内でのサポート環境が整っていない日本では、チームをサポートするために「総合力」が求められるケースが多くあります。

コンセプト | DAHエデュケーション | DAH(ドームアスリートハウス)

 

その通りだよね。

例えばトップチームでは、

チームドクター、理学療法士、アスレチックトレーナー、ストレングスコーチ、柔道整復師、管理栄養士、監督、打撃コーチ、投手コーチ、守備走塁コーチ、スコアラーなど

様々なサポートスタッフがいる。

 

しかし部活動ではどうだろうか。

 

公立の学校なんかだと、

監督とコーチ数名だ。

 

となると"総合力"が必要な訳で、

上記の話にも納得できる。

 

しかしね。

僕はどうも、この"総合力"ってのが胡散臭く感じる。

 

なんか、「これといった専門性は無いので、総合力で勝負します。」ってダサいんだよね。

 

もう努力の仕様がない状況(試合前とか)ならそうなるんだけど、それを日常で正当化するのには違和感を感じる。

 

目指すのは、間違いなく"総合力"の高い指導者なんだけど。

 

例えばね。

サッカー選手が膝を怪我したとする。

その時、診てもらいたいのは

「スポーツ整形外科の専門医」か「総合病院のドクター」どちらだろうか。

 

僕は、間違いなく前者だ。

 

ステーキ専門店とステーキandメキシカンフード店が2つ並んでいて、その日はステーキが食べたい。

 

その時にステーキ専門店に入ってしまうのは人類共通だと思う。

 

これを

❶【大切な買い物はドンキホーテで買わない理論】とする。

 

しかし、いつも通っている寿司屋の大将が

「実は私ラーメン屋で働いてたことがあって、今日ラーメン作ってみたんですけど。」

 

となると食べてみたいと思わないだろうか。

 

いうも通っている美容室で、担当の人が「実は私、ネイルもできるんですよ。」となれば、お願いしたい!と思わないだろうか。

 

これは❷【裏メニュー理論】である。

 

この

「大切なものはドンキホーテで買わない理論」と「裏メニュー理論」の決定的な違いは

「高い専門性」を持っているか否かである。

 

だから、広く浅い総合力では胡散臭くなっちゃうってこと。

 

"裏"メニューが魅力的になるのは、"表"がしっかりしてるって事が条件だよね。

 

若い、菅野雅之がすべきこと

 

では、若い菅野雅之は何をしなきゃならないかというと

 

①-❸【現在進行型】の学び

②-❶「志なき者の学びの専門性はリスクだが、

志ある者の学びの専門性はマストである」

③-❷【裏メニュー理論】

 

であるから、まとめると

 

『"今"必要だと思ったことで、

               尖った専門性を作る』

 

ことかなと。思っています。

 

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というわけで10月の末から年末までの期間

日曜日は野球部の活動をお休みして

 

DOME ATHLETE HOUSE に勉強をしに

通うことにしました。

概要・目的 | DAH(ドームアスリートハウス)

 

 

今の時代、勉強の手段って色々あるとは思うんだけど「現場に行って、直接、勉強する」手段を選びました。

 

なんとなく悪い意味で慣れてきてしまったので。

 

それを、現場でアウトプットできたらと思っています。

 

 

 

菅野雅之